束縛
〜第一章 契り〜 ・T
薄暗く冷たい部屋――というよりも牢屋と言ったほうが正しいかもしれない。そんな中で
唯一光を取り入れることが出来る、鉄柵の付いた小窓から満月の端っこが欠けたような、
そんな月が見える。
男は壁にもたれかけて目を閉じていた。
足枷から延びた鎖は床に繋がっており、手には手錠を掛けられている。むき出しの上半身
や顔には生々しい傷跡が残っているが、それでもその身体の無駄のないしなやかさやスッ
とした美しい顔立ちはその程度で損なわれることはなかった。
“カチャリ”という鍵が回される音が響き渡った。然程大きくない音にもかかわらず、こ
の暗く静まり返った部屋の中では、その音よりも大きな音などないと思えるくらいに大き
な音に聞こえた。
男はスッと目線を上げ、中に入ってきた人物を誰か認めると、その痣の出来た口の端を少
し上げ、笑みを浮かべた。
何を考えているのかは解らない。ただ、嘲ているようにも楽しそうにも、辛そうにも見え
た。
「これはまた…曹長殿自らこんな汚いブタ箱にいらしていただき、真に光栄であります」
男は、入ってきた人物の目を真っすぐに捕らえながらふざけた口調で言う。
「貴方の地位のことを思えば私が直接お相手するのは当然のことでしょう?ヤナセ
軍曹」
和かい物言いとは裏腹に曹長と呼ばれた男は冷えた目を男――ヤナセ――柳瀬に向ける。
その裾の長い白い軍服は、北軍の最高司令官の証である。見栄えのするトップだった。制
帽の下のきっちりと整えられた金髪や、灰色の眼は白によく栄える。年頃は柳瀬と同じく
らい、二十代後半辺りだろう。
北軍の曹長は男に向かって何か黒い物を投げた。軽く弧を描いた後、バサッという音を立て
て柳瀬の前に落ちる。
西軍の軍服だった…。刃物で切られた跡や返り血をしみ込ませたそれは、間違いなく自分
の物だ。襟元に光る階級バッチは、自分にのみ与えられたもの…。軍曹を示す模様。そっ
と手に取り裏を見てみる。そこには、その階級である人物の名、自分の名がが刻まれてい
た。
『AKIRA YANASE』
ほんの十日ほど前にはまだ身につけていたはずのそれが、ひどく懐かしく感じた。
「ああ。これも渡しておこう…。形見だ」
思い出したように白の頭はポケットをまさぐり、何かを指でピンと弾いた。柳瀬は咄嗟に
手を出していた。その手にぽとりと硬い物が落ちる。
「……!!」
息が詰まった。
階級バッチだった。唯一、軍曹である自分のバッチが通用しない地位の者の…。
『GIN GRACIE』
裏には彼の名がはっきりと刻まれていた。友人の名。自分が忠誠を誓った名。何よりも大
切だった人の名…。
胸が痛んだ。彼の名に。“形見”という言葉に…。
昔、柳瀬の祖先である者がいた国には今では信じられないような話だが、戦争放棄とゆ
う憲法があったらしい。しかし、柳瀬が生まれた頃にはそんな甘い憲法など、既に失われ
ていた。世界は、二つに別れた。
不幸が重なった…。という文を以前何かで見た。第三次世界大戦。アジアと呼ばれた地方
を襲った大地震。医療技術が間に合わず広がり続けた伝染病…。
残ったのは、荒れ果てたかつてジャパンと呼ばれた島国の土地と伝染病から逃れてこれた
先進国のごくわずかな者達だけだった…。
それから何十年か後、人々は二つに別れた…。原因が何だったのかなど、もう忘れ去られ
てしまった。そのころの文献も残っていない今もう真実を知る術もない。
そして今、そんな時代も過ぎ去ろうとしている。
西軍の敗北と共に…。
曹長の、ジンのとった指揮が悪かったわけではない。ただ、それまでに立ってきた曹長の
ツケが今になって回ってきたのだ。そして、この目の前に立つ男が一瞬の隙さえも見逃さ
なかったから…。
「取引をしないか?」
ジンの形見を額に押しつけて俯いていた柳瀬に白服の曹長は口を開いた。
「お前が条件を呑むのなら、西軍の他の者を無事に保護してやろう」
またも一人になった部屋の中で柳瀬はきつく唇を噛み締めた。鉄分を含んだ、独特の味が
微かにする。
「俺のものになれ」
奴はそう言った。
「俺が立てと言ったら立て。右を向けといったら右をむけ。食えと言ったら食え。殺せと
いったら殺せ。死ねと言ったら死ね」
ただ、俺の言うことだけを聞け…と。
柳瀬はぎゅっとぼろぼろの軍服を抱き締めた。この軍服を、西軍を裏切るような行為はし
たくない。そんなことをするくらいなら、舌を咬んで死ぬほうがましだ。
…決心はついた。いや、その言い方も間違いかもしれない。決心など、最初からついてい
た。
多分、自分がこんな状況に立たされる、ずっとずっと前から…。
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続きます。多分そこそこに続きます。
果たして完結できるのか!?まあ、頑張ります。
ってーか、あれです。うっかり、自分と同じ名前の奴が出ています。
こっちの小説の方が、私がハンドルネームを決めるよりも先だったんですが・・・。
本当にうっかりです。
まあ、名前変えるのも面倒なんで、このままということで♪
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