I want you to say.


 「寒い・・・っっ」

そんな私の怒りの籠もった声が聞こえているのかいないのか・・・いや、かなりの確率で前者だろうけど・・・彼は私に背を向けながらざっくざっくと土を掘り続けている。

私の顔色はさっきからますます色を失ってきている。誰が見ても寒そうな顔色だ。

なのに、奴はさっきから私の方を少しも見ようとはしない。

「ちょっと、もう少し気ぃ遣ってくれても罰はあたらないわよ・・・」

憾みの言葉を吐いては見るものの、やっぱり彼はこちらを見ようともしない。

「ったく・・・暇だわ」

足を組み直して私は溜息を吐いた。それでも、彼を手伝おうとはしない。

どうせ私なんか役に立ちっこないもの・・・。

 

 

そんな風に、ただどうしようもなく辺りの景色に目を向けていると、先ほどまでは風の吹く音と彼のスコップの音しかしていなかったのに、いつの間にか微かな別の音が混ざっているのに気が付いた。

 

・・・それは彼の嗚咽だった。

 

「何!?どうしたのよ、いったい?」

私は慌てて言った。まさか彼が泣いているとは・・思ってもみなかった・・・。

「ねえ、貴方が泣く事なんて無いのよ?」

そう、優しく声を掛けてみるものの、彼はひとり静かに嗚咽をこぼすのみで私の声には応えてくれない。

 自分の無力さが悲しい・・・。私が無力だから・・だから彼には私の声が届かない・・・。

「「ごめん」」

二人の言葉が、重なった。それでも彼は続ける。

「俺は最低だ・・・。君は何も悪くはなかったのに・・・っっ」

「そんなことない。私が悪かったのよ。貴方は何も悪くない」

カラン、とスコップが倒れる音がした。

そして彼は私の身体を抱き締めた。

土で汚れた手なんか気にはしない。ただ、私を抱き締めてくれる彼の姿が嬉しかった・・・。

「愛しているよ」

ぎゅっと強く抱き締め、涙を流しながら彼は私に囁いた。

それが嬉しくて、私の目にも涙が溢れてきた。

「私もよ」

そう返事をするものの、彼の耳には届いた様子はない。

「本当に、ごめんな・・・」

そう言って、彼は私の身体を抱き上げた。

けれど、私の腕は彼を抱き返す事はなかった。

ただ、だらんと力無く垂れ下がるのみ。

瞼は固く閉じ、もう彼を見つめ返す事はない。

 今の私がどんなに彼を強く抱き締めようとしても、見つめようとしても、それは空回りに終わってしまう。

どんなに叫んでも、叫んでも、叫んでも・・・今の私の声は貴方には届かない。

 彼は力のなくなった私の身体を大切そうに抱き締めながら、先ほどまで掘っていた穴にそっと寝かした。

穴の中からは何度も繰り返される「ごめん」という声と、まるで子どもの様なしゃくり上げる声が聞こえる。

「もういいよ?」

そう伝えたいのに、今の私の声は伝わらない。

 

ツライ。ツライ。ツライ・・・

 

力が入らなくて、私はしゃがみ込んだ。

嗚咽が漏れる・・・。

その嗚咽は彼の嗚咽と重なって、私の耳には二人分の嗚咽の声が聞こえてきた・・・。

 

 

 

どれくらい泣いていたのだろうか。いまいちさっきまでの意識が残っていない。

こんな身体でも泣き疲れて泣いたりしていたのだろうか・・・、そんな事を思いながら顔を上げてみると真っ暗だったはずの辺りは、白みを帯びてきていた。

 ふと彼の泣く声もいつの間にか止んでいた事に気が付く。

そうだ、彼は・・・?

はっと気付き、私が横たわっているはずの穴に近付くと彼はまだそこにいた。

空っぽの私を抱いて、座っている。

 またも涙が溢れそうになるのを、唇を噛み締めて我慢する。

嬉しかったとても幸せに思うよ?貴方にここまで想われたことを・・・。

 

だから、もういいよ・・・?

 

そんな想いが伝わったのか、彼は顔を上げた。

一瞬ドキッとする。そんなわけないのは分かっているのだけれど、目があった気がした。

 でも、やはり気のせいだったらしい。彼は、もう冷たくなった私の瞼に優しくキスをし、もう一度愛の言葉を囁いてから穴から出て、地面に倒れていたスコップを再び握りしめた。

 ゆっくりと、やさしく私の身体に土を被せていく。

 そして、その作業も二十分もしたら終了した。

穴を掘っていたときのことと比べれば、それは一瞬の様に感じて・・・。

 別れの時が近付いているのだと分かった。

でも、これでいいのだ。私は貴方から充分なくらい、色々なものを貰ったから。

貴方の想いを、貴方の愛を、貴方との思い出を、充分貰ったから・・・

だから・・・、だから私は・・貴方に生きてほしい。

 

「だから、生きてね?私の分まで」

私は彼の後ろ姿に呟く。そんな言葉、伝わらない事は分かっているけれど・・・

 

 

「ありがとう」

伝わっていないはずだったのに、それなのに・・彼はそう言って歩き出した・・・。

伝わらないはず・・・

伝わっていないはず・・・

それは偶然かもしれないけれど・・・

それでも、後ろ姿の彼はそうひとこと言ったのだ・・・。

 

 

 また、一気に涙が溢れだした・・・。

嬉しくて、悲しくて、寂しくて、幸せで・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方ともっとずっと一緒にいたかったけれど

貴方といれて幸せだった。

貴方と出逢えてよかった。

貴方を好きになれてよかった。

そんな風に思えるから。

 

 

貴方のおかげで意味を持った人生だったから。

貴方は何も負わなくていいよ。

私はここで小さな生命達と一緒に、新しい生命を育んでいくから。

貴方は私の分まで生きてくれさえすればそれでいいから。

 

 

 

私は貴方からいっぱい幸せをもらったから。

だから、どうか幸せに。

 

 

 

この生命に限界が来るまで私は祈るよ、

貴方に神の栄光があらん事を・・・・

 



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『束縛』以外の小説は初めてでしが、如何だったでしょう?
もしかしたら設定がよくわからなかったかもしれませんが、そういう方がいらしたら掲示板等でおしゃってください(汗)。
束縛はかなりドロドロした感じで書き進めている(つもり)なのですが、
こういう雰囲気の話も書きたかったので満足です♪
いろいろと描かなかった部分もありますが、敢えてそこは謎にしたままにしておこうと思います。
この作品について、また何かご感想でも頂けたら嬉しいです。